時々、まわりみち。

真面目で優しいが故に自分が傷付く…そんな生きづらさを感じる人が強かに生きるヒントを綴ります。

知れば知るほど迷い、学べば学ぶほど苦しむ。だけど、勉強の本質は「見返りを求めず楽しむ」こと。

 

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どーも。札幌にも待ちに待ち侘びた春の暖かさが到来し幸せを感じる今日この頃、公平です。

 

 

  

さて、4月もあっという間に下旬にさしかかってきていますが、皆様、いかがお過ごしでしょうか?

新しい季節で学ぶことも多く、忙しく大変な日々を送っている方も多いのではないでしょうか?

 

そんななか、勉強というものに嫌気が差してくることも、もしかするとあるかもしれません。

知識を得れば得るほど選択肢が増え、頭の中がこんがらがってきて余計に苦しむことになりますので。

 

 

 

しかし、実は勉強について「学び=楽しみ」という考えは、なかなか気づきにくいものです。

 

ということで、本日は、勉強についての悲しい誤解についてお話しします。

 

 

 

 

 

【知識を得れば得るほど、生きることが苦しくなる。】

 

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さて、早速ですが、生まれたての赤ちゃんが悩むことってあると思いますか?

 

もちろん、不快な気持ちがあって泣くことはあると思いますが、

基本的には、自分の将来について思い悩むことはないはずです。

 

それは、赤ちゃんには、まだまだ知識が備わってないからです。

 

 

 

しかし、徐々に中学生、高校生くらいから、早い方だと小学生くらいから自分の行く道について迷うことも生じるはずです。

 

世の中の仕組みが分かってくることで、たくさんの選択肢を元に、人生について決断を下さなければならないからなんですね。

 

 

 

これは、大人になると顕著に現れてきます。

 

良くも悪くも様々な知識を得ることで、自分の生き方や働き方について、迷うことが学生のとき以上に多くなります。

 

 

 

さらに言ってしまえば、自分と世間とのギャップが広くなってしまうと、迷いが強くなり生きることが苦しくなります。

 

 

 

だから、知れば知るほど迷い、学べば学ぶほど苦しむことになるのです。

 

 

 

【自分のやりたいこと、それは本当に自分のやりたいことか?】

 

社会人の方のほとんどが、このようなことを経験されていることかと思います。

 

 

 

社会に広く貢献する力や能力が身に付いて、それを活かすことで役に立ちたいと思うことでしょう。

 

その気持ちを持つことは、人生の目的であるくらい貴重で素晴らしいものです。

 

 

 

 

 

しかし、ここは非常に重要なポイントなので、必ず自分自身に聞いてみてください。

 

その自分のやりたいことは、果たして本当に自分のやりたいことでしょうか?

 

他者から植え付けにより、自分の好きなことだと思い込んでいるだけではないでしょうか?

 

 

 

 

 

例えば、小さい頃から両親が医療に携わる仕事を見て育った人は、お医者さんになりたいと思うことが多いみたいですが、それは本当に自分の好きなことなんでしょうか?

 

年収も高いし社会的な地位もある、なんて無意識に思っている人もいるのではないでしょうか?

 

 

 

この話は、あくまで例え話であって、医者だけに限りません。

どんな職業であれ、何かしらの見返りを期待しているのではないでしょうか?

 

 

 

このように、「~をしたい」と感じるとき、必ずと言っていいほど、メディアや会社の上司、学校の先生や両親など、他者からの植え付けによるものです。

 

誰かから「~することが正しい」という価値観を刷り込まれ、いつの間にかその価値観が自分から発生したものであるかのような錯覚に陥り、「~をしたい」という仕掛けられた考えを持つようになってしまうのです。

 

 

 

【それでも、勉強し続ける。】

 

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こう考えると「勉強しないで知識を蓄えない方が生きるのがラクなんじゃないか!」と思いますよね。

 

そうです。勉強せず物事を知らないでいる方が、生きるのはラクなんです。

 

 

 

しかし、当たり前ですが勉強するなというわけではなく、むしろ勉強しないことは、生きている間ずーっと社会の鎖に縛りつけられることを肯定しているようなものです。

 

 

 

もちろん、学生の間はやっぱり勉強って苦痛です。

何を隠そう、自分も昔は勉強する意味がサッパリ分かりませんでした(笑)。

 

だって、役に立たないですもんね。「数学とか使わんし!」なんて思ってました。

 

 

 

だけど、大人になれば、今なんとか頑張って勉強していることが花開きます。

 

 

 

ただ、いつになるかは分からないし、自分が思っていた姿や形、色をした花が咲かないかもしれません。

  

それでも、自分を信じて勉強し続けることです。

 

 

 

中高生、また大学生の方は、無限の可能性という芽を摘まないためにも、いま学んでいることが将来の楽しみになると思って、頑張って勉強してください。

社会人の方は、見えない鎖を断ち切るためにも、本当のやりたいことを見つけるためにも、学びというものを大切にしてください。

 

 

 

その他の勉強の意義については、ぜひ合わせて以下の記事も見てみてください。

より重層的に、勉強の本質のイメージについて、理解の手助けになるかと思います。

↓↓↓

 

 

 

 

 

大事なことは、見返りに喜びを求めるのではなく、やっていること自体に喜びを求めるようになることです。

 

自分がやっている行為について、社会的成功も他人の評価も気にせず、ただ単に楽しいからやっているという気持ちになるくらいに好きになることが重要です。

 

 

 

周囲からの植え付けではなく、本当のやりたいことを見つけること、これこそが勉強の本質であり、自分の情動や社会的制約から自由になるための唯一の方法なのかもしれませんね。

 

 

 

ぜひ、本当のやりたいことを見つける旅に、勉強しながら気ままにフラフラと出かけてみてはいかがでしょうか?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

それでは、今回これにて失礼します。

皆様に、心よりの感謝を込めて。

 

 

公平